動くことは生きること
1956年、東京都生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科コーチング学専攻教授。
体操領域の新しい運動方法の開発に努めるかたわら、「Gボール」を使ったワークショップなどを開催し、子どもたちへの指導を行っている。
◆「運動」「遊び」「掃除」……、
活発な子、活発でない子の接し方の手だて
身体活動は脳がつかさどっていますから、脳の発達と運動は密接に関係しています。脳が劇的な変化を遂げる時期には、当然、運動面においても大きな成長の時期を迎えます。
スポーツの分野ではとくに、9〜12歳ごろの子どもたちのことをゴールデンエイジと呼んでいます。ゴールデンエイジは、人間の一生に一度だけおとずれる夢のような時期です。いちいち頭で考えなくても見て感じたイメージどおりに技術を吸収し、「即座の習得」ができる特別な時期なのです。
9歳までに多彩な運動を
10歳前後の子どもは、ゴールデンエイジの入り口にいます(ただし、成長には個人差がありますので、±2歳程度の幅を持って考えてください)。だからといって、これまでテレビゲームばかりしていて運動をほとんどしてこなかった子が、いきなり技術の習得をしようとしてもそれは無理な話です。ゴールデンエイジの時期に多くの技術を学ぶためには、素地が必要です。技術の習得とは、神経回路の形成を意味しますから、8・9歳ごろまで(プレ・ゴールデンエイジ)に多彩な身体運動・遊びを通じて神経回路に刺激を与え、回路を張り巡らせることが必要なのです。そして、そのような体験がその子の運動習得のための基礎となります。
短距離を速く走るなど、ひとつの運動課題を習熟する必要はまったくありません。子どもは飽きっぽいので、泳いでいたと思ったら、くるくる回っていてもいいのです。多様な体験とは、暑い、寒い、くすぐったいなどの体で感じるものや、気持ちがいい、おもしろいなど肯定的なものだけではなく、おなかがすく、気持ちが悪い、痛いなど、ネガティブな体験も含まれます。ぐるぐる目を回したり、高いところから飛び降りるなど、自分の持っている身体感覚、五感などをフルに使って体験しておくといいでしょう。
運動面では、サッカーならサッカー、水泳なら水泳というように、一つのことにこだわらず、種目の枠を超えて体を動かしてみます。
子どもたちをやる気にさせるにはあなたの担任しているクラスをよく見てください。だれも鉄棒に近づかない、だれもグランドで遊ばない、「遊ぼう」と誘うと、「えー、運動なんかやだよ」と言いだすクラスなら……。私も実際にこのような子どもたちに出会って途方にくれた経験がありますが、このような子ども達に対しては、自分から動きたくなるような、子どもたちの心をゆさぶるような環境をつくってあげる必要があります。
私は「体育館の遊園地化」と呼んでいますが、ちょっと工夫すれば子どもたちが喜ぶ空間をつくることは可能です。
子どもたちを楽しい気分にするキーワードは、「弾む」「滑る」「転がる」です。
<弾む>
私たちは楽しいときに「心が弾む」と言います。体がはずむと心がはずむので、体が弾むような運動を誘発する道具を用意しましょう。たとえば、ジャンピングボード。2本の角材を厚い合板の板の両端につけたものです。真ん中あたりでジャンプすると、楽に高くあがることができるため、なわとびの二重跳びも楽にできます。トランポリンやふわふわのソファ、マット、クッションなどでもOK。ふわふわするものならなんでもいいので、新たに買う必要はありません。現在学校にあるものを使って工夫してみてください。「運動なんかやだー」と言っていた子どもたちも、ポンポン弾んでいると楽しくなってくるようです。
<滑る>
どんな子も滑ると愉快な気持ちになります。キャスターつきの椅子に乗って遊んだり、スクーターボードを使って人間ボーリングをするのも楽しいでしょう。両足の下にそれぞれぞうきんを置いて、足ですべりながら体育館を掃除すると、掃除しながら遊ぶことができます。
<転がる>
人間は転ぶと、思わず笑ってしまうものです。街で転んでもそうです。転ぶことは決してネガティブなものではありません。転ぶ経験をしておかないと、とっさにどうすればいいのかを学ぶことができません。だから、最近は転んでもとっさに手が出ずに、頭や顔をケガする子が増えているのです。転ぶ経験をするためには、空中ブランコから飛び降りたり、バランスボードなどを使うといいでしょう。
安全管理を万全に
学校生活の中で子どもたちに多様な体験をさせるには、当然安全対策が必要になります。子どもはおもしろそうな道具を見つけると、大人が予想もしないような、とんでもないことを始めてしまいます。そんなときは、やっていた行為をいったん止めて、みんなで考えさせています。「どんなことをしたらこの道具は危ないと思う?」と投げかけるのです。想像させて、事前に回避させましょう。最初からこれをしたら危ないと一方的に教師が言ってしまうと、子どもたちの喜びが色あせ、楽しくなくなってしまうので気をつけてください。
ただ、すぐに危ないことをしてケガしがちな子に対しては、教師が「これはしてはいけないよ。この約束を守るよね」と言ってから始めることも必要な場合があります。子どもの特性に合わせて言い方を変えてみてください。
もちろん、教師は使用する道具なり、教材なりが、どんなシチュエーションになったときに危険なのかを知っておく必要があります。すでにその教材に取り組んでいる先生から話を聞くなり、講習会へ参加するなりをして必要な情報を得ておきましょう。
活発な子たちには指示しない
次に、あなたの担任するクラスの子どもたちが、ボールや鉄棒、運ていなどでどんどん遊べているのなら……。そのような自由遊びを、まずはよく観察し、できれば一緒に遊んでみてください。ただし、教師がリーダーシップをとってはダメです。できるだけ子どもたちの遊びを、じゃましないでください。子どもが自ら発見したことを最大限に尊重し、「決して指示しない、教えない」を心がけましょう。子どもたちの輪の中に入り、子どもたちの生み出すものを温かく見守ってください。
10歳からは、本物に触れる機会を
さて、ゴールデンエイジに入った子どもたちにはどう対応したらいいのでしょう。この時期の子どもたちは、まさに体に染み入るように物事を習得することができますから、本物に出会える機会を設けるといいでしょう。一番いいのは一流のスポーツ選手を招くことです。それが無理なら、地域で活躍している選手やコーチを招いたり、ビデオなどを使ってイメージに触れるだけでもいいのです。素地のできている子が本物に触れると、自分で成長していくはずです。
運動が得意でない子への接し方
しかし、ゴールデンエイジだからといって、全員がスポーツをする必要はありません。音楽が得意な子、文学が好きな子、美術が得意な子など、いろいろいるはずですし、なかにはスポーツが合わない子もいます。あまり活発でない子への接し方としては、運動が苦手なことを劣等感にさせない工夫が必要になるでしょう。
私は、逆上がりができないことがトラウマになって、鉄棒を見ただけで気分が悪くなる子を知っています。先生方には、運動するということは人間にとって喜びであって楽しいことであり、上手にできなくてもいいんだよと、おおらかな気持ちで接していただきたいです。「クラス全員が逆上がりできるようになる」ことより、友達と一緒に汗をかいたり、遊んだりするのは楽しいと感じさせるほうが実は大切です。
動くことは生きること
最後に、ゴールデンエイジの時期までに多様な体験をしなかった場合、どんなことが起こるかをお話ししたいと思います。
当然、運動を学習する素地としての神経回路が形成されません。みなさん、自転車を思い出してください。子どものころに練習して自転車に乗れるようになった人は、大人になっても乗れます。しかし、子ども時代に乗らなかった人は、大人になっても乗れないことが多いのです。
また、10歳ごろに運動が嫌いになったり、運動なんかおもしろくないと感じてしまうと、一生運動というものに苦手意識を持ったり、体育嫌いになりかねません。すべての子どもが体育好きになる必要はありませんが、少なくとも体を動かすことを喜びに感じない子どもが増えるのは悲しいことです。
大事なのは、体を動かすことを嫌がらない子どもにする、ということです。動くこと、それは生きることの基本だからです。生き続ける限り、われわれは体を動かし続けなければなりません。生きることが嫌になるということは、動くことが嫌になるということであり、生きることが楽しいと思うことは、動くことが楽しいと感じることなのです。
時代は加速度的に生活を効率化し、楽で、便利であることばかりを追求しています。ますます人間が動かないで済む方向へと進んでいるのです。このままでは子どもたちが体を動かすこと、ひいては生きることに興味を持てなくなってしまうのではないでしょうか。小学四年生を担任する先生方は、今が子どもにとって大事な時期であることを認識し、子どもたちが豊かな一生を送れるよう、体を動かす喜びを教えてあげてほしいと思います。
<弾む>
●ジャンピングボード
2本の角材を厚い合板板の両端につけ、真ん中あたりで縄跳びをしてみると、二重跳びが楽々できます。
●ソファ
古くなったソファを用意すると、子どもたちはぴょんぴょん飛び跳ねます。
<滑る>
●人間ボーリング
学校で使わなくなった机の天板に滑車をつけ、スクーターボードをつくります。立てておいたピンに向かって滑って倒します。
●事務用の椅子
子どもがキャスターつきの椅子に乗ったら、回したり滑らせたりします。
●ぞうきんがけ
足の下に乾いた雑巾をおき、滑りながら床をふきます。
<転ぶ>
●空中ブランコ
ロープと棒を使って高いブランコをつくり、飛び降りてみます。
●バランスボード
パイプの上に板を置いて乗ります。バランスを崩して落ちたら、立ち上がってまたチャレンジ。板の両端に角材をつけてストッパーにしてあります。